428 〜封鎖された渋谷で〜

対応機種・周辺機器
iOS (Wii / プレイステーション3 / PSP)
ジャンル
サウンドノベル
著作・制作
(c)チュンソフト 2011

基本情報

 ゲームはチュンソフトが弟切草によって切り開いたサウンドノベルというジャンルのうち、実写の静止画(スチル)で構成されたと同様の形式で作られている。
 背景に画像を置いて、その手前に小説のように文章を置いて読ませ、時々現れる選択肢を選ぶことで進行する。
 ゲームブックっぽいコンピュータゲームと言えば分かりやすいが、その説明で分かる人にはそもそも説明不要だろう。

 から10年、2008年にWiiで発売されたソフトのiOS移植版が今回のレビュー対象となる。
 基本的な内容に変更はないみたいなので、最高品質で遊ぶとすれば解像度や音質の面でPS3版となるかと思う。
 ちなみに、428は「よんにいはち」と正式には読むらしい。
 各版でセガから出てたりスパイクから出てたりするが、開発自体はチュンソフト。

システムおよびストーリー

 ほぼと同じシステムで作られており、ハイパーリンクを辿るように、文章中の青いの単語をタップすると詳細が表示され、赤い単語で「ザッピング」システムが発動し、平行して語られる別のキャラクタのストーリーへとジャンプする。
 キャラクタの取った行動(プレイヤーの選択)が、別のキャラクタに波及して意外な結末を迎えるが、元の行動を選択しなおすことで、その結末は回避される。
 これを繰り返しながら、絡まった糸を解きほぐしていくようにストーリーが進んでいく。

 このようなシステムなので、当然意外な結末(バッドエンド)を迎えることが多く、これを収集することもゲームの面白みのひとつとなる。
 の最初の版(サターン版)では、このバッドエンド番号を自分でメモする必要があったが、プレイステーション移植版および本作では、システムとして管理され、より集めやすくなった。

 では、キャラクタ毎のストーリーは互いに「すれ違うが絡み合わず」という感じの微妙な距離感で、ゲームシステムによってムリヤリ繋げられている印象があった。
 またそれぞれの話のリアリティ水準もバラバラな上に、数日に渡って展開されることもあって、かなり散漫な仕上がりであったと言える。
 本作では(おそらく)その反省に立って、ひとつの大きな柱となる事件を巡り、1日(10時間)のうちに登場人物たちが密接に絡み合う作りとなっている。
 にあったバラエティ感が少なくなったという面もあるが、全体としてこの転換は成功し、密度のある作品となっている。

 バッドエンドの際に表示されるヒントは序盤はほとんどヒントではなく解法そのものであり、それがヒントレベルになり、最終的にはヒントが出なくなる調整となっている。
 先に書いたバッドエンドリストや過去のプレイに簡単に戻れるタイムチャートも使いやすく、ゲーム内の1時間毎に区切りがあるため、複雑なシナリオを把握しやすくなっている。
 これにより全体としての難易度を大幅に引き下げつつも、ゲーム的面白さも出している。
 ただ、難易度的に高い部分は終盤ではなく、後半に入りたて位のところに持ってきて欲しかった。終盤は今まで撒いた伏線が回収され物語が収束し、勢いよく進んだ方が正解かと思う。

 ちなみに、と同じ世界で起きた事件ではあり、一部にそれをほのめかす記述があるものの、直接の繋がりはない。
 また、本作のリアリティレベルは荒唐無稽の部類に入るが、ギャグやファンタジーに入るほどではないところを維持している。

静止していること

 と同様に実写の静止画(スチル)により画面は構成されている。
 そして、BGMや効果音は付くが、セリフが音声によって再生されることはなく、動画も最小限に押さえられている。

 ゲームでは「フルボイス」と言って、セリフが全て音声表現されていることを売りとされることが多いが、ゲーム的には害の方が大きい。
 というのも、コンピュータゲームはユーザが進行に干渉できることが面白さの多くを占めるのに、音声を聞いている間は操作不可能になってしまうからだ。
 操作不可能になってしまうという点では、所謂イベント(ムービー)シーンでも同じことが言える。
 このあたり、以前ムービーの役割とは ゲームと台詞の関係などで書いたので、興味があったら参照して欲しい。

 ただ、音声はゲーム以外の部分でのメリットも大きいということは否定できない。例えばときめきメモリアルに音声がなかったら、あれほどのヒットはなかったろう。
 と言いつつリンク先が音声のないスーパーファミコン版のレビューというのもアレだが。

 動画も音声もないことのメリットは、先に述べたようにユーザの入力を阻害しないとか、イメージを押し付けすぎない、声や動きの演技に難がある役者が使えるなど色々あるが、一番大きいのは後からでもバランス調整ができるということかと思う。
 実写やアニメーション・CGなどによる動画を大きく取り入れたゲームはしばしば現れるが、動画部分を作成する労力が大きいため、ほとんど明らかに駄目な状態であることが発覚してさえも、容易に修正ができないどころか、事実上修正不可能かと思われる。
 フルボイスでもやはり規模は違えど、修正は難しくなってくる。

 本作の場合、実写映像であるため、やはり修正は難しい面があるが、大量に取り溜めた映像素材を取捨選択することによって、かなりの修正が行われたものと思われる。
 というのも、撮影のクランクアップからゲームのリリースまで数年かかっているようなのだ。
 特にユーザの操作が重大な意味を持つコンピュータゲームでは、ゲームバランスを調整する段階が、ほぼゲームの善し悪しを決めるとも言われる。
 それができるできないで、ゲームとしての仕上がりに大きな差が出るのは自明と言えるだろう。

 なお、静止画と言っても、完全に静止しているわけではなく、ゆっくりスクロールしていたり、繰り返しアニメーションをしていたりはするし、その演出も画像的クオリティもから格段の進歩を遂げている。

iOS版であることについて

 今回iOS版をiPadでプレイしたのだが、文章を読むということに関してはやはり断然手持ちのデバイスと相性が良い。
 リンクをタップで辿る操作も直感的で、サウンドノベルというシステム自体が、手持ちデバイスを想定して設計されていたのではないかと思うほどだ。
 ただ、サウンドノベルのサウンド部分が、なかなか良い再生環境を得ることが難しいのが、iOS版の難点か。

その他

 音と合わせる必要性や表示タイミングによる演出もあるとは思うが、文章が一瞬で表示されないのは文章を大量に読むタイプのゲームとしてはストレスとなった。
 ただ、ほとんどのプレイヤーは気にならないのかもしれない。

 オマケ要素の出現条件が、少々厳しすぎるのではないかと思う。
 普通にプレイしていても7割位は出現するぐらいでいいのではないだろうか。

 サウンドノベルから派生し隆盛したビジュアルノベルの旗手であるTYPE-MOONによるビジュアルノベル形式のボーナスシナリオがついているのは感慨深いものがある。
 アニメ調のビジュアルや、冗長かつ専門用語がふんだんなシナリオ、加えてフルボイスと、折角本編で揃えたリアリティレベルがぐだぐだになってる気がしなくもないが。

 そこで結論。

究極のサウンドノベルであり、それは究極のゲームのひとつと言っていいだろう