喋らない主人公

主人公が喋らないことによって生まれる効果とは

おっぱいは世界を救う!
あれだけの情報を引き出すのですから、RPGの主人公の話術は、かなり凄い筈です

主人公は喋るべきか

 エニックスドラゴンクエスト(以下ドラクエ)は主人公が喋らない、よってプレイヤーの想像が妨げられず「感情移入しやすい」。
 スクウェアファイナルファンタジー(以下FF)は主人公が喋りまくる、よってプレイヤーの思いと主人公の思いが乖離し「感情移入しにくい」。
 それは一面の真実ではあるだろうが、はたして、そんなに単純なものだろうか?

 キャラクタを少し引いた目線で見る人なら、台詞がないプレイヤーキャラでは、他のキャラとの関係性が見いだせず感情移入できない、ということもありそうだ。

 今回は、ゲームの主人公が喋らない事によって、どのうような影響が生まれるのかを、ドラクエを中心に考えたい。

喋らない主人公の意味

 喋らない主人公は、プレイヤー=主人公というゲームの持つ特性を、素直に表現したものである。
 プレイヤーを主人公という名のカーソル操作している人間ではなく、主人公そのものである扱いをすることで没入感を高めよう、という仕掛けだ。
 プレイヤー=主人公指向の強いゲームは、自然と物語としても画面上も一人称視点となる傾向にある。
 ドラクエシリーズのマニュアルには、プレイヤーを「あなた」と書いている事からも、このプレイヤー=主人公であることを重視していることが窺える。

 ゲームは、製品となった状態では完成しておらず、プレイヤーの介入を得る事ではじめて完成する。
 これはプレイヤーの操作であるし、プレイヤーの想像力でもある。
 主人公の行動はプレイヤーが決めているのだから、喋る内容もプレイヤーに任せてくれないと、画竜点睛を欠く。
 喋らない主人公は、プレイヤーが想像(創造)するため、台詞を奪われていると言える。

無色な主人公の立場

 物語には、登場人物が必要であり、特に主役には物語の推進力として、力強い個性が求められる。

 プレイヤー=主人公型のゲームでは、主人公の個性がプレイヤーに任されている。
 ここで注意したいのは、決して主人公に個性が無いのではなく、個性がプレイヤー任せであるということ。

 優れた物語は、そうなるしかない面を持っている。物語にいくつもの結末があるとしても、それは「ひとつの優れた作品と、沢山の駄作」でしかない。
 つまり、優れた物語を作ろうとすると、プレイヤーの介入は邪魔になる。十中八九駄作になるからだ。
 物語作りができるゲームという方向性も勿論あるが、それはゲームとしてはともかく、物語としては駄作を作り出す装置となってしまう。

 優れた物語を作ろうとすると、主人公は物語から排除され、必然的に「物語の傍観者」となる。
 プレイヤーと主人公の一体感が高いと言われるドラクエは、ドラマに参加するのではなくドラマを眺めるゲーム、という構造を強く持っているのだ。

 これは、良い悪いという問題ではなく、プレイヤー=主人公型で物語性の高いものは、必然的にそういう傾向になる。
 主人公は、旅の途中によった町で問題を解決し、そして去っていくヒーローなのだ。
 分かりやすく言えば水戸黄門型だ。

物語の長さ

 主人公が傍観者であるため、ゲーム全体でのストーリーが希薄になりがちなのが、プレイヤー=主人公型の弱点とも言える。
 ドラクエでは、パーティーの仲間や敵にドラマを与えて、その辺りを強化しようとしている。
 またドラクエの主人公にも物語が無いわけではなく、幾つか主人公が喋らざるを得ないイベントが存在している。
 そこでは、主人公は傍観者ではなく、ドラマの主役となっている(「うわっ」とか、しょーもない事で喋ったりもするけど)
 逆に言えば、喋らないとドラマの主役になれない、と言っても過言ではないだろう。

 傍観者としての立場は、ドラマの主役や舞台が次々と変わっていくため、記憶として丁度いい分量の物語と舞台、仕掛けを用意しやすい。
 区切りが分かりやすい、と言い換えることもできる。
 1話完結のTVシリーズ的な展開で、今回はイマイチだったけど、次回は面白いかもしれない、と思いながら、長いプレイを最後まで引っ張っていける形式でもある。
 逆に、全体を通したストーリーがもうひとつ記憶に残らない形式とも言える。

実は喋っている

 喋らない事で有名なドラクエの主人公も、実は頻繁に喋っていると見る事もできる。
 それはコマンド選択だ。ドラクエのコマンド選択は動詞+名詞で構成されており、文を作る作業に等しい。しかも、頑に「仮名」である。つまり喋り言葉なのだ。
 仮名が喋り言葉である証は「文字種とゲームの進化」で語った通り。
 コマンド選択場面は、プレイヤーが台詞を作っているのだから、主人公=プレイヤーの法則は崩れない。だからコマンドでは、存分に喋って構わない。

 コマンドが台詞であるが故に、ドラクエは「まほう」ではなく「じゅもん」なのである。無言で印を結んだり杖をふったりしているのではなく、間違いなく「呪文を唱えている」。
 だから「めいれい」も台詞であり、性別によって「ガンガンいこうぜ」だったり「ガンガンいくわよ」だったりするわけである。
 そして漢字の「戦う」ではなく、ひらがなの「たたかう」なのである。
 この理屈からいくと、道具や特技・モンスターの名前も仮名でなきゃいけないんだけど、そこは漢字使ってたりする。
 アレだけの量となると、漢字なしで印象深く視認性の高い名前をつけるのは至難であるからだろう。

リアルな画像と喋らない主人公

 ワープエネミーゼロのローラは、ムービーによるイベントシーンがふんだんにあるゲームであるにも関わらず、ロード時を除くゲーム中一切喋らないので、強い違和感がある。
 映像表現がリアルになるほど、映像以外の部分も現実に近くならないと違和感が出ると言える。
 逆に、映像が非現実的であったり、それほど重要な役割を持っていない場合、主人公が喋らないことが気にならない。
 脳内で画像を補完していく状態なら、台詞も脳内で補完するのが当然である。

 リアルな映像であっても、主人公が画面の中に登場しない、つまり一人称視点(オウンビュー)で描いているものであれば、主人公が喋らなくても違和感は無い。
 一人称視点は、主人公=プレイヤーであることを強調した表現であるから、当然と言える。
 逆に、一人称視点のままで主人公が喋り始めると、ものすごい違和感だ。
 そのため、一人称視点メインのゲームで主人公が喋る時は、視点が切り替わるようになっている場合がほとんど。

 そこで結論。

なんと! しゃべらない 主人公は 物語に くわわらなかった!