『ユーザーが必要としている機能とはどういう機能なのだろう』
多機能・高機能神話の第二弾的な話になるのだが、原稿が伸びて伸びてたまらなかったので、分割してもう一度書くことにしたものがこれ。
ユーザーが求める機能は、本当に必要な機能とは限らない。アプリケーションに用意されていないだけで、OSに標準搭載されていることを知らないたけだったり、別のアプリケーションに求めるべき機能であることも多い。
アプリケーション内ですべてのことをやろうとして、「重複した機能」が幾つも幾つも作られていくことになる。
大体からして、子供が求めるものを全て与える親は、親として失格であることはだれしも納得がいくことと思う。
開発者と消費者も同じ関係と言え、消費者が求めるものをなんでもかんでも装備するというのは、開発者としてはとても誉められたものではない。
本当に必要な機能とは、ユーザーの想像力の外にあるものだ。しかし、そういう機能はユーザーにアピールできない、当然ながら想像力の外にあるものを説明するのは非常に難しいからだ。
だから商売的には、どうしても判り易いものへと流れがちになる。今まであったものが大きく(小さく)、強く、速く、なったとか、今まであったものがくっついたとか、そういうやつである。
しかし、そういう機能は概して、必要もないのに付いてくると言うことになりがちである。ある意味、開発者にとって非常に楽な方法であるからだ。そしてユーザーは必要もない物に対して金を払うことになる。
バージョンアップ内容が、非常に判り易いものだったら、一度疑ってみた方がいい。
ここまで読んで、ユーザーが意見を出すのは愚かなことなのか、と思った方もあるかと思うが、別にそういう訳ではない。
開発者というものは使い方が判っているので、なかなか使い辛い部分に気が付かないし、無意識にイレギュラーな操作はしない。
そういう部分はユーザーの声が特に重要になる。開発者は、けっこう当たり前の部分に気が付かない。
また、開発者の考えは、ユーザーが求めているものからのズレが甚だしいことがよくあるので「アレ欲しい、コレ欲しい」という意見も、大いに参考になる。
これらは、特に本稿の主題とは関係ないが、「ユーザーの声は大事なのよ」という一開発者としての声として、言っておきたい。
最初はなかなか取っ付きにくく感じても、今まで考えたこともなかった機能を見つけた時は、多少無理しても使ってみることが、多少遠回りに見てもより良い方法に近付く道となる。
読者の皆さんの身の回りにも、億劫がって折角の便利な機能(道具)を使っていないものが、ゴロゴロしているかもしれない。
時々意味の判らなかった機能(道具)も使ってみた方がいいだろう。
と言いつつ、私も面倒くさがりなので、あまり人に言えたものではない(笑)
道具に限ったことではない。自分に本当に必要なものはなかなか自分では判らないものだ。
自分が全然欲しいと思ってもいなかった事にこそ、本当に必要なもはあるものである。
「求めて与えられたものは、結構つまらない」
1998-01-21 1998-01-29