ドラクエの玉座の間に見る心理的誘導
ゲームではプレイヤーを物理的な強制や、金品などとの交換条件などで誘導することはできません。
そこで、心理的に誘導するテクニックが必要になります。
ここでは、名作ドラゴンクエストの冒頭の導入部分を詳細に解析することで、ゲームに使われる心理テクニックを導き出してみようと思います。
なお、この記事はゲームデザインの魔導書02号に寄稿したものをWeb用に加工したものです。
他にも面白い記事が載っているので、興味がある方はリンク先をご覧ください。
アレフガルド王は宣いき
以下、ロールプレイングゲームドラゴンクエストの冒頭部分のシナリオの抜粋です。
丸括弧内は、ゲーム中には表示されない注釈、○○○○はプレイヤー名です。
(ゲーム開始で即、王様との謁見です)
*「おお ○○○○! ゆうしゃロトの ちをひくものよ! そなたのくるのをまっておったぞ。 *「その むかし ゆうしゃロトが カミから ひかりのたまをさずかり まものたちをふうじこめたという。 *「しかし いずこともなくあらわれた あくまのけしん りゅうおうが そのたまを やみにとざしたのじゃ *「このちに ふたたびへいわをっ! *「ゆうしゃ ○○○○よ! りゅうおうをたおし そのてから ひかりのたまをとりもどしてくれ! *「わしからの おくりものじゃ! そなたのよこにある たからのはこを とるがよい! *「そして このへやにいる へいしにきけば たびのちしきを おしえてくれよう。 *「では また あおう! ゆうしゃ ○○○○よ!
(ここで、プレイヤーは部屋の中を動けるようになります。
部屋にある3つの宝箱を開けると、120ゴールド、たいまつ、かぎが手に入ります)
(王様に再度話しかけた場合)
*「たびのしたくが できたなら また わしに あいにくるがよい まっておるぞ ○○○○よ!
(兵士1に話しかけた場合)
*「ローラひめのことを ごぞんじか? はい・いいえ
(「はい」を選択)
*「○○○○! どうか ひめを たすけだして ください! (「いいえ」を選択) *「ひめさまが まものたちに さらわれて はんとしになる… *「おうさまは なにも おっしゃらないが とても くるしんでいるはず。 *「○○○○! どうか ひめを たすけだして ください!
(兵士2に話しかけた場合)
*「このおしろをでると となりに まちが ある。 *「そこで まず ぶきと ぼうぐを かいそろえることだ。 *「たたかいで きずついたときは まちにもどり やどやにとまると きずが かいふくするだろう。
(兵士2に再度話しかけた場合)
*「おかねが たまったら ぶきや よろいを たかいものに かいかえることだな。 *「そうすれば もっと つよく なるだろう。
(兵士3に話しかけた場合)
*「たからのはこを ぜんぶとったなら そのなかに かぎが はいっていた はずだ。 *「かぎは 1どつかうと なくなって しまうが そのかぎで とびらを あけたとき…… *「おまえのたびが はじまるだろう。
(兵士3に再度話しかけた場合)
*「ひとびとの はなしに みみを かたむけることだ。 きっと やくにたつだろう。
(扉に手に入れたカギを使うと、部屋を出て旅立つことになります)
以上が、冒頭の城の玉座の間を出るまでのシナリオです。
今となっては、カビの匂いがしそうなほどのコテコテなシナリオですが、これが元祖でみんな真似したのですから当然です。
ここには、恐ろしいほどの密度でプレイヤーを誘導する心理的仕掛けが張り巡らされています。
この何気ないシナリオが、アクションゲームスーパーマリオブラザーズの1-1や、アニメ機動戦士ガンダム第1話に肩を並べるほど濃い導入であることを、これから解説していきます。
では、ドラゴンクエストの作者である堀井雄二の悪魔的なまでの心理誘導術を一緒に見ていきましょう。
ゲームに使える心理学
最初にいくつか、心理学の用語を解説します。
内発的動機づけ・外発的動機づけ
簡単に説明すると「□□をすると△△が貰える」のが外発的動機づけです。そして単純に「□□をしたい」これが内発的動機づけです。
他にも「□□しないと罰を与える」とか「□□をするように強制する」など、とにかく外部からの影響で行動を決定するのは、外発的動機づけに含まれます。
動機づけはモチベーションとも言い換えられます。
マズローの欲求段階説
人間の欲求を低次から並べると、生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認の欲求、自己実現の欲求の5段階になります。
これを低次の欲求から優先して満たし、さらに高次の欲求を求めるようになる、というのが心理学者アブラハム・ハロルド・マズローが提唱した「マズローの欲求段階説」です。
ゲームでもこれらの欲求を満たすような仕掛けを用意すれば、プレイヤーはそういう行為を行おうとしますし、達成すると現実と同様に満足感があります。
シナリオの詳細解説
では、シナリオの解説に入ります。
まずは王様との対面…の前に、実際のプレイでは気分を大いに盛り上げてくれるオープニング曲が流れるタイトルロゴ画面があり、その後プレイヤー名の入力があります。
プレイヤーは最大4文字で自分の分身に名前をつけます。
フット・イン・ザ・ドア・テクニック
ここでは、セールスの際の心理テクニックで代表的な「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」が使われています。
フット・イン・ザ・ドアとは、セールスの際に、まずドアの中につま先を入れる事から来た名称です。
例えば、いきなり「金貸して」というより「今何時?」「○時だね」のやり取りのあと「金貸して」と言った方が、金を借りられる可能性が高まるというものです。
最初は簡単な要求から入り、次に難しい要求へと段階的に進めると、最初は絶対に首肯しないような要求にも応えやすくなります。
ゲームの最初に、まず「なまえを いれてください」という、ごく簡単な要求を行っているわけで、いわば名前の入力がドラゴンクエストにおける「つま先」なのです。
後に解説しますが、最初の要求が名前の入力であることも、大きな意味を持っています。
名前を入力し終わると、間髪を入れず王様との謁見です。
権威への服従原理
専門家や能力の優れた人など権威のある人の意見は無条件に正しいと盲目的になってしまう心理が「権威への服従原理」です。
任天堂東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング(通称 脳トレ)などは、ゲームの導入どころか、タイトルで既に権威への服従原理を使っています。
タイトルの印象だけで、川島教授が誰かわからないけど効果ありそう、と思ってしまいます。
他のゲームでは例えばポケットモンスターは、架空の博士ではありますが、導入にオーキド博士という脳トレと同じく学問的権威を登場させています。
このドラゴンクエストで最初に登場する王様は、国の統治における最高権威であり、文句無しの地位を持っています。
ここで村長とか中途半端な権威を登場させてしまい、導入に失敗しているゲームは少なくありません。
ゲーム内の登場人物の権威など、どうせ架空なのですから、思い切って高い権威のある人物を登場させるのが常道といえます。
権威への服従原理の面白いところは、ある特定の分野で権威のある人ならば、他の関係ない分野でも優れているように錯覚しがちなことです。
分かりやすい例を出すと「美人が言うなら信用できる」とか「有名スポーツ選手が立候補したら投票する」といった判断を、私たちはやりがちだということです。
では記念すべき初キャラクタ、アレフガルド(ラダトーム)国王ラルス16世陛下のお言葉です。
限定効果
何かを限定する事で、その商品や人物か特別な価値を持つと思わせる「限定効果」という心理効果が発生します。
この場合はプレイヤーは特別な勇者ロトの子孫であるわけで、卑近な例を出せば「会員限定商法」です。
特別な人物であるという「くすぐり」により、依頼(竜王退治や、商品の購入など)を受けやすくする心理的効果があります。
他にも「期間限定」や「数量限定」「場所(地域・店舗)限定」など、商品を特別なものと思わせる限定商法も、ゲームの中では使われます。
特に最近多いF2P(Free-to-play)と呼ばれる基本無料で課金要素があるゲームでは、よく見かけるのではないでしょうか。
限定されていることと、それに特別な価値があることの間に理由は不要です。「限定 = 特別な価値」と思ってしまうのが人間心理です。
そこに理由があるのならば、それは心理ではなく論理的帰結です。
ところでドラゴンクエストをプレイしたことのある皆さん。
よく考えてみれば、伝説となるほど昔の祖先の子孫など、それこそ何千人・何万人もいてもおかしくありませんが、ロトの子孫はプレイヤーであるあなた一人しかいない、と思っていませんでしたか?
限定効果は、それこそ「女性」といった二分の一の限定であったとしても、それに当てはまるあなた一人に限定されているような錯覚をもたらします。
まして、ゲームではその限定の前提となる設定すら嘘(仮想)だというのに、あなた一人が対象だと思ってしまうのですから、その効果は絶大だと言えるでしょう。
ピグマリオン効果
ここで王様は「そなたのくるのをまっておったぞ」と、プレイヤーの来訪を待ちわびていたことを表明します。
王様という権威者に期待されると悪い気はしません。期待されてるなら頑張ってやろうじゃないか、という気持ちになります。
このように期待されることで、その期待に応えようとする心理を「ピグマリオン効果」といいます。
ピグマリオン王が女性の像に恋し「この像が生身の人であれば」との期待に女神が応え、像を人間に変えたという伝説に由来します。
代表的な例は「このクラスは優秀な生徒が集まっている」と教師に説明して授業をしてもらうと、教師は生徒に期待するため授業内容も丁寧になり、その期待は生徒に伝わり、結果として高い教育効果が得られた、というものです。
*「その むかし ゆうしゃロトが カミから ひかりのたまをさずかり まものたちをふうじこめたという。
プレイヤーの先祖であるロトが行った偉業が説明されます。
なんと、ここでは王様をはるかに超える権威である神が登場しています。
このことで、先祖が特に選ばれしものである事が強調され、実際の能力は先祖とはさほど関連のないプレイヤーキャラに対する限定効果も高まります。
*「しかし いずこともなくあらわれた あくまのけしん りゅうおうが そのたまを やみにとざしたのじゃ
カリギュラ効果Ⅰ
このセンテンスは、「いずこともなく」とか「やみにとざした」とか、曖昧な記述が目立ちます。
情報をぼかす事で「知りたい」という欲求を喚起する仕掛けです。人は、隠されると見たくなるものです。
このように、禁止されると、かえって魅力が増し、その行為をやってみたくなる心理を「カリギュラ効果」別名「禁断の果実効果」といいます。
これは、皇帝カリギュラを題材にした舞台の内容に問題があり上演中止になったところ、かえって話題になったという逸話に由来します。
情報の遮断
また、ハッキリとした情報があれば「幽霊の正体見たり枯れ尾花」のように、恐ろしさは消えてしまうものです。
恐ろしい敵の情報は明確に知らせてはいけません。
さらに、不安な時に決断を迫ると容易に誘導できるので、決断の前に不安を煽っておくのも効果的です。
*「このちに ふたたびへいわをっ!
目的が説明されます。ゲーム開始からここまで、有無を言わさず畳み掛ける展開で、プレイヤーにいろいろ考える隙を与えません。
短時間で情報量の多いメッセージを表示し、プレイヤーを混乱させています(ただし、渡される情報自体は整理されていて理解しやすいものです)
不安と同様に、混乱も人を誘導しやすくなる心理状態です。
*「ゆうしゃ ○○○○よ! りゅうおうをたおし そのてから ひかりのたまをとりもどしてくれ!
承認の欲求Ⅰ
ここでプレイヤーへの呼びかけが、「勇者の子孫」から「勇者そのもの」に、しれっとレベルアップしています。
まだプレイヤーは何もしていないのですから、これはお世辞以外の何物でもありません。
しかし、おだてられているとはっきり認識していてさえ、他人から価値を認められたいという「承認の欲求」に抗うのは難しいものです。
ましてやこれだけさりげなくやられると、「なんか知らないけど、いつの間にか気分が良くなっている」というくらい自然に気持ちを操られてしまいます。
ちなみに町に行くと、「お前本当に勇者の血を引いてるのか?」とプレイヤーにいちゃもんをつけてくるキャラがいます。
この玉座の間で「私はロトの血をひく勇者だ!」と、その気になっているプレイヤーは「俗人が…」と上から目線になってみたり、「じゃあ証明してやろうじゃないか!」と竜王退治にさらにやる気を出すことになります。
カチッサー効果
人に何かを頼む時に単に「△△してもらえますか?」と言うよりも「□□なので、△△してもらえますか?」と理由をつけると承諾されやすいのですが、これを「カチッサー効果」といいます。
カセットテーププレイヤーのスイッチを「カチッ」と入れると、「サー」というノイズ音が流れるのが由来です。
カチッサー効果では、頼みごとの内容とあまり関係のない、こじつけの理由でも承諾されやすくなることが知られています。カチッサーの由来がまさに意味不明なこじつけに近いものですが、なんとなく納得してしまいます。
王様からの依頼は「あなたは勇者の子孫なので、竜王退治をしてもらえますか?」という、よく考えると脈絡のない依頼ですが、直前で少々不安で混乱しているプレイヤーは、するりと納得させられてしまいます。
特に日本では血のつながりを能力の根拠にすると納得しやすい傾向があり、バトル漫画などは結局、兄弟・親子その他親類内での喧嘩であるパターンが多く見られます。勇者の子孫である、という主人公設定は的確です。
*「わしからの おくりものじゃ! そなたのよこにある たからのはこを とるがよい!
依頼が軽すぎて依頼と認識されずに過ぎてしまうんじゃないかと思いますが、ここでプレイヤーはドラゴンクエストにおける最初のクエスト「宝箱を開ける」をいつの間にか受けています。
返報性の原理
ここでは、もらったら何か返したい、もらった事により引け目を感じてしまう、という心理「返報性の原理」が働きます。
それが不要なものであったとしても、先にプレゼントされてしまうと、後で何らかの返礼をしなければいけない心理状態になるのです。
試供品、試食、試乗、試着商法がこれにあたります。
署名による拘束
また、ここで贈り物を受け取るという事は、暗に竜王退治の依頼を了承したということも示しています。
じつのところ、ゲームで先に進もうとするにはカギが入っている宝箱を開けないといけないので、依頼を拒否する選択肢は用意されていないのですが、そこはあまり重要ではありません。
選択の余地がないものであれ、とにかくプレイヤーが了承する行動をとった、という事が心理的には重要なのです。
ドラゴンクエストシリーズではお馴染みの、「はい・いいえ」の選択肢があるが、結局「はい」を選ばないと先に進まない、という一見意味のない選択も、プレイヤーが能動的に選択したと思わせる事により、心理的には魂が契約してしまうのです。
契約という言葉で思い浮かべるのは、契約書のサインですが、署名は非常に高い心理的拘束効果があると言われています。
思い出してください。プレイヤーは最初に名前を入力しているのです。その直後に交わされたこれらの契約は、非常に高い拘束力を持ち始めるのです。
*「そして このへやにいる へいしにきけば たびのちしきを おしえてくれよう。
一貫性の原理
旅に出ることがいつの間にか決定していますが、プレイヤーは「竜王退治を引き受けるのだから旅に出るのも当然」とストンと腑に落ちているはずです。
直前の行動に沿った行動を、その後も取りやすくなる心理が「一貫性の原理」です。思考に慣性が働くと考えればイメージしやすいかもしれません。
プレイヤーは自身の行動の一貫性を保つために、竜王退治に向かうための行動を取りやすくなっているのです。
兵士に情報を聞くのは、竜王退治の依頼の延長なのですが、もはや竜王退治は依頼されたものではなく自発的、つまり内発的動機付けに従って行っているような雰囲気となり、それを助けるために、王様が親切で次にやるべき事を示してくれている、という体になっています。
プレイヤーはゲームを始めたばかりで指針がなく不安な状態なので、「そんな面倒臭い」なんて心理はなく「王様、親切にありがとう」という気持ちです。
そして、もらった情報に対する返報性の原理もあり、何の疑いもなく兵士に話しかけます。
プレイヤーは、まんまとドラゴンクエストにおける二つ目のクエスト「部屋の兵士に話しかける」を受けています。
こんな調子で、依頼と思わせずに次々と依頼が行われ、プレイヤーはそれを解決していきます。
ドラゴンクエストの場合は、極めて巧みに「依頼ではなく自身の意思で行っている」ように思わせるシナリオになっています。
逆に、依頼をあまりに依頼らしくやると、いわゆる「お使いシナリオ」と揶揄される、「働かされている」とプレイヤーが感じるシナリオになってしまいます。
堀井雄二も全て完璧というわけではなく、例えばドラゴンクエストⅦの石版集めなどは、自主的に集めている感が弱く、残念ながら「お使いシナリオ」っぽくなっています。
*「では また あおう! ゆうしゃ ○○○○よ!
ホーソン効果
最後に王様から駄目押しで「また あおう」と言われます。つまり今後もあなたに注目していますよ、という宣言です。
ここでは、注目されると、がんばろうとする心理である「ホーソン効果」が発生しています。
アメリカのホーソンにある工場で、職場改善実験として照明を暗くしても明るくしても効率が上がった。
実は、明るさどうこうより被献体として注目されていることが従業員の頑張りを引き出す一番大きな要因だった。ということから命名されています。
ゲームでは、NPC(コンピュータが扱っているキャラ)からの注目でも効果があり、特にこの場合は王様という権威からの注目により権威への服従原理が働き、より強力な効果を発生させます。
ホーソン効果は期待の有る無しに関係なく注目されていると発揮されるのですが、この場合は王様から期待もされているので、ピグマリオン効果と合わせて高い効果が見込めます。
名前呼び
ところで、王様が必要以上にプレイヤー名を連呼していることに気づいたでしょうか。人は自分の名前を覚えている人を信用します。
例えば、誘拐・連れ回し犯罪の被害を受けた子供の多くが「自分の名前をフルネームで呼ばれたので信用してしまった」と答えています。
王様はゲームの大目的の依頼主なので信用できる人物である必要がありますし、ゲームの重要な機能である復活の呪文を教える役割も持っているので、ゲーム内で最も信用される必要があるのです。
コントラフリーローディング
王様の話も終わり、動けるようになったので、さっそく宝箱を開けると、120ゴールド、たいまつ、かぎ、が手に入ります。
いちいち宝箱を開けさせないで、最初から持ち物として持たせてくれたら手間が減るのに、と思うかもしれません。
しかしここでプレイヤーが宝箱を開ける、という行為を経て金品を手に入れる事で、労なくして得たもの(フリーローディング)より、なんらかの手間を経て得たものの価値が高いと判断する心理、「コントラフリーローディング」が働きます。
コントラは抵抗とか逆らうといった意味です(ちなみに魂斗羅は反政府勢力という意味のコントラに当て字をしたゲームタイトルで、実はこのコントラと同じ言葉です)
例えば、スクリプトを書いて自動化して10分で仕事を終わらせるより、手作業で5時間かけてやった仕事のほうが価値が高いと感じる人は少なくありません。
実際は仕事が早く終わる方が圧倒的に価値が高いにもかかわらずです。
ゲームの導入部ですから、そもそも通貨や品物がどの程度の価値であるか分かっていません。
つまり、大した事のない金品を額面以上に価値があるように思わせる効果は期待できません。
しかし、価値のあるものとして記憶に印象づけられる、という重要な効果が期待できます。
なお、120ゴールド、たいまつ、かぎは、王様が与えるにしてはしょぼい内容です。
しかし、返報性の原理は貰ったものが不要なものであったとしても働くのですから、十分に役にたつこれらの金品は恩を売るのに十分です。
あと注目して欲しいのは、結局プレイヤーは明確には竜王退治を了承していないということです。
ドラクエなら「りゅうおうを たおしてくれますか? はい・いいえ」とか出てきそうな気もします。
しかし、ゲームの最終目標は了承してもらうしかないので、最初に「いいえ」の選択肢を置くのは、そのままプレイヤーが冷静になって「あれ、竜王倒す必要ないんじゃね?」と思ってしまうリスクしかありません。
一貫性の原理などの色々な誘導に従って行動しているうちに、自分から進んで竜王を倒そうとしているんだと思わせるのが、良い方法です。
そして終盤に、かの有名なゲームの目的に反する選択肢をポンと置くのが、インタラクティブなストーリーテリングというものを熟知した堀井雄二 一流の仕業です。
さてここで、また王様に話しかけてみます。
*「たびのしたくが できたなら また わしに あいにくるがよい まっておるぞ ○○○○よ!
ここでも「まっておるぞ」ぞと期待を示し、ピグマリオン効果を強化しています。
「たびのしたくが できたなら」と要求と思わせないように、自然に「旅の支度をしてこい」と要求を出しているのもポイント高いところです。
では、王様のそばの兵士に話しかけてみます。
*「ローラひめのことを ごぞんじか? はい・いいえ
と、選択肢が出てきました。ゲームを始めたばかりですから「いいえ」を選ぶのが大抵のプレイヤーかと思います。
*「ひめさまが まものたちに さらわれて はんとしになる…
ロミオとジュリエット効果
国は魔物にさらわれた姫の救出に半年の間、失敗を続けていることになります。このことから、姫の救出が困難であることが予想できます。
行為の際に障害がある方が、障害がなく平坦であるより行為に熱心になるという心理を「ロミオとジュリエット効果」といいます。
もちろんこれは、敵同士なのに恋に落ちてしまった「ロミオとジュリエット」の物語に由来しています。
RPGに限らず、多くのゲームに使われている効果で、クリア可能な障害・挑戦(チャレンジ)がある、という時点でそれはプレイ意欲をそそるのです。
これがないとゲームとして分類できない、とする考え方もあるほどのゲームの本質に近い心理です。
ちなみに、町に行くとローラ姫救出に失敗した捜索隊の生き残りがいて、ローラ姫救出の困難さを、さらに強調してくれます。
承認の欲求Ⅱ
さらわれた姫の救出のような英雄的行為は、王様をはじめ国民の誰もが賞賛するでしょう。
他者に認められ価値ある人物と思われたいという「承認の欲求」を満たしてくれそうな、極めて魅力のあるチャレンジです。
*「おうさまは なにも おっしゃらないが とても くるしんでいるはず。
秘密の共有
兵士に「おうさまは なにも おっしゃらないが」と語らせることにより、「秘密の共有」が行われています。
人は秘密を共有することにより、他者に親密さを感じるようになります。
ここでプレイヤーは兵士に親密さを覚え、王国側の人間であるとの認識を強めることになります。
社会的欲求
同時にこれは、自分が孤独ではない社会の一員であるということを欲する「社会的欲求」を満たしています。
こういうやり取りによって、プレイヤーはラダトームの仲間であるという認識を持つようになるのです。
さらにここでは、王様といえども自分の娘を心配するパパでしかない、ということを知らせ、親近感を高めています。
ウィンザー効果
また、ここでは王様の心の内を兵士が語っています。本人から直接伝えられるより、第三者からの噂話の方が、心理的に与える影響が大きくなるという「ウィンザー効果」が使われているのです。
ウィンザーとは、伯爵夫人はスパイという小説中で「第三者のほめ言葉はどんなときでも一番効き目があるのよ」と言ったウィンザー夫人に由来します。
もし王様から直接に「かどわかされた娘が心配でたまらぬ。竜王を倒すより先に姫を助けてほしい」と言われると、「何か裏があるのでは?」と思ってしまうかもしれません。
ドラクエシリーズは噂話を巧みに利用したシナリオが多く、堀井雄二の卓抜したプレイヤー心理の把握・操縦力を伺わせます。
*「○○○○! どうか ひめを たすけだして ください!
秘密の共有によってプレイヤーと兵士は仲間となっているので、早速「○○○○!」と呼び捨てです。
結んだ絆はすかさず深め、プレイヤーを世界に没入させようとしています。堀井雄二恐るべし、油断も隙もありません。
ローボール・テクニック
兵士から、竜王を倒すという大目標に付随する別の目標として、姫の救出が提案されています。
このように、大条件を受け入れさせた後、諸条件を追加する手口を「ローボール・テクニック」といいます。
キャッチボールで低い軌道のボール(ローボール)を投げた後、徐々に高く投げるようにしていく事で、いつの間にか高い軌道の難しい球も取れるようになる、というところから来ています。
「バーガーと緒にポテトとドリンクもいかがですか」というやつです。ここでは既に商品の購入を決めているので、続けて勧められたものも、受け入れやすい状態になっています。
特に、家や車などの高額な買い物をする際には、普段は10円でも安い店で購入しているような人でも、勧められるがままに何万円もするオプションの購入を簡単に決めてしまったりします。
また、購入を決断させた後「こういう(悪)条件もありまして」というように、ネガティブな情報を後出しにするのも、同様な手口です。
人は一度やると決めた事に関しては、少々の悪条件が発生しても引き返せなくなる、という一貫性の原理も同時に利用しています。
RPGは「それを得るためにはこういうのも必要でして」という感じに要求を小出しにしてローボール・テクニックを繰り返すことで、物語を進行させるゲーム、と言っても過言ではありません。
ドラゴンクエストの場合はパッケージ販売のゲームですから、手に入れた時点で高価な買い物をしている、つまり「このソフト買ってください」という高い要求に応えている状態です。
その後のプレイで少々受け入れがたい要求がされてもプレイを続行するだけの力があります。
購入による効果で、少々導入に失敗したゲームもプレイが続けられるものですが、ドラゴンクエストは導入の部分で全く手を抜いていないどころか、全編で最も力が入っているのが導入部とさえ言えます。
逆に、借りてきたり貰ったり中古で安く買ったりしたゲームは序盤で投げ出しがちというのは、ゲームをたくさんプレイした経験がある人ならば頷けることでしょう。定価で購入した時には通用した「ローボール・テクニック」が通用しないからです。
カリギュラ効果Ⅱ
兵士が依頼しているということは、王様から禁止まではされていませんが、依頼されているわけではない「やらなくてもいい事」として姫の救出が提示されていることになります。
やらなくていいと言われるとやりたくなるカリギュラ効果の発生です。テストや締め切りの直前に部屋の大掃除をしてしまう効果、というと納得ですね。
ちなみに、ドラゴンクエストでは本当に姫を助けずにゲームをクリアすることができます(あるアイテムのありかを知っていないと、まず無理ですが)
そして「いいえ」を選んだ場合、姫の情報を教えてくれたあとに依頼がなされますから返報性も働きます。秘密の情報を教えてくれたんだから依頼に応えないと悪い、という心理が発生しているのです。
「はい」を選んだ場合は、「いいえ」の最後に出てきた依頼だけが表示されます。
*「○○○○! どうか ひめを たすけだして ください!
同じデータを使いまわしているだけですが、「俺にはできなかったがお前なら!」という必死感が出ていいですね。
今度は、扉の近くの兵士に話しかけます。
*「このおしろをでると となりに まちが ある。
情報は、もうお馴染み返報性の前振りです。案の定、次に要求が出てきます。
*「そこで まず ぶきと ぼうぐを かいそろえることだ。
ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック
まず王様から「竜王を倒せ」という高い要求が求められ、その後、兵士から「ぶきと ぼうぐを かいそろえることだ」と提案の形で、低い要求がなされます。
プレイヤーは「それぐらい、やってもいいか」と、ごく自然に装備を買いに出かけるはずです。
いきなり「装備を整えるのだ」と命令口調では、「なんでそんなことしなきゃいけないんだよ」と反発を覚えます。
しかしドラクエの強制と思わせない自然な誘導により、プレイヤーはほとんど間違いなく「町に行って装備を買わなきゃ」という気持ちになっています。
よく考えると、恐ろしいほどの誘導されっぷりです。
このような、最初に重い要求を行い、次に相対的に軽い要求を行うことで、後の要求を飲みやすくする手口を、譲歩的依頼法あるいは「ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック」といいます。
正確には、最初の重い要求が断られた際に、軽い要求を行うテクニックです。その場合、最初の要求を断ったという負い目があるので、より次の要求を受け入れやすくなります。これは返報性の一種でもあります。
ここでは竜王退治を断るまではしませんが、後回しにすることの後ろめたさを利用して、同じような効果が期待できます。
なお、ドア・イン・ザ・フェイスとは、ドアが開いたらいきなり顔を突っ込むというかなり激しい行為から命名されています。
絵面は完全に映画シャイニングですね。
そんなことされたら「やめてくれ!」と言いたくなりますが、それが思う壺で、一度断ると要求を諦めてもらったという後ろめたさから返報性が働くため何度も断りづらくなり、次に出された要求を飲みやすくなるのです。
*「たたかいで きずついたときは まちにもどり やどやにとまると きずが かいふくするだろう。
安全の欲求
戦いで傷つく町の外は物騒だと、障害があるとやる気が出るロミオとジュリエット効果を煽っています。
同時に、マズローの「安全の欲求」を満たせる重要な情報を与えているので、兵士、ひいてはこの国に対する返報性が発生します。
そして、この情報を持ったプレイヤーは、安全の欲求を満たせる宿屋に行くのに躊躇しないでしょう。
この兵士にもう一度話しかけます。
*「おかねが たまったら ぶきや よろいを たかいものに かいかえることだな。 *「そうすれば もっと つよく なるだろう。
選択肢過多効果
ここまでに、いくつか今後の指針が示されています。こういう誘導は、自由度を制限するようで、ゲーム好きからは嫌われるような傾向もあります。
しかし、選択肢が多すぎると選べなくなり、考えることを放棄、つまりはゲームのプレイ自体をやめてしまう。という危険があります。
このような心理を、「選択肢過多効果」といいます。
有名な例では、ジャムを何十種類もある中から選べるようにしたら、種類が少ない場合より売り上げが落ちた、というものがあります。
いくつかの選択肢を提示することで、選択肢が多すぎてプレイヤーがゲームを放棄してしまうことを避けているのです。
なお、選択肢は三つ四つ程度が、選択の幅に満足できかつ選択肢過多効果も発生しない数と言えます。
例えば、パソコンのメニューなどは、項目いくつか毎に区切り線を入れてグループ化し、選択肢が選べなくなることを避けています。
最後に残った兵士に話しかけましょう。
*「たからのはこを ぜんぶとったなら そのなかに かぎが はいっていた はずだ。
ここでは、さりげなく「宝箱は全部取れよ!」と指示しています。
*「かぎは 1どつかうと なくなって しまうが そのかぎで とびらを あけたとき……
お馴染み、情報の提供からの返報性を期待しての要求です。
ここも「扉を開けろ」などと言わずにさらっと自然に要求し、自主的に扉を開ける行動をしたかのように誘導しています。
*「おまえのたびが はじまるだろう。
これからの冒険に胸が高鳴る名台詞です。
最後にもう一度、この兵士に話しかけてみます。
*「ひとびとの はなしに みみを かたむけることだ。 きっと やくにたつだろう。
アンダーマイニング効果
ゲームは特にプレイして何か得になるというものでもないので、基本的には「ゲームをしたい」という内発的動機づけによってプレイされます。
そういう好きでやっていたものに外発的動機づけを行なった時、あるいはその後に外発的動機づけがなくなった時に、やる気がなくなってしまう現象を「アンダーマイニング(台無し)効果」といいます。
いわゆる「勉強しなさい!」「今からやろうと思ってたのに!」問題です。
ここで実際は「人がいたら話しかけろよ」と要求しているのですが、そう言われるとアンダーマイニング効果で、やりたくなくなるものです。
しかし兵士の台詞は「…はずだ」とか「…だろう」のような推定の言い回しで、押し付けと思わせない形をとっています。
このようなアドバイスの形だと、聞くも聞かないも自分次第、自主性が尊重されている気分になります。
ここまで読んで、人に何かをさせようというときによく使われる、報奨金などのインセンティブが提示されていないことに気づいたかもしれません。
例えば「竜王を倒したら」、「お前に姫を与え、次期国王としよう」とか、「1億ゴールドを与えよう」みたいなものは、典型的な外発的動機づけです。
ドラゴンクエストで目標に対するインセンティブが避けられたのは、アンダーマイニング効果を危惧してのことかもしれません。
ちなみに、最近はゲームプレイヤー全体にアンダーマイニング効果が起きている傾向があるように思います。
例えば、プレイしても褒美の魔法石とか成長要素がないとつまらなく感じる、といった感想が散見されます。
そのような意見を持つプレイヤーはゲームそのものを楽しむ内発的動機づけではなく、外発的動機づけによってゲームをしていることが伺えます。
以上でドラゴンクエストの導入部分は終了です。
自己実現の欲求
マズローの欲求の最終段階に、自己の持つあらゆる力を最大限使い、本当になりうべき自分になる、という「自己実現の欲求」があります。
プレイヤーは勇者と呼ばれていますが「まだ勇者ではない」ということを知っています。
そして、勇者の血をひくから竜王を倒す能力があるというのは欺瞞ですが、これまでの心理的誘導と(物語の主人公のお約束)により、プレイヤーに竜王を倒せる力があることを疑っていないはずです。
この冒頭では、勇者の血をひく自分にしかない能力を使い、竜王を倒すことで本当の勇者となる、という自己実現に向けたストーリーのレールがごく自然に敷かれています。
ゲームの最終目標と、欲求の最終段階が合致している、強固で魅力的なシナリオと言えるでしょう。
チュートリアル
堀井雄二の著作やインタビュー記事によれば、ドラゴンクエストが発表された当時、RPGという新しい遊びが世間ではまったく認識されていませんでした。
そこで子供にテストプレイさせたところ、人に話を聞いたり装備の変更をしたりせずに先に進み、敵に出会ってやられることの繰り返しとなったといいます。
それを見て、開発も終盤になって入れられたのが、この玉座の間だそうです。
プレイヤーはとにかく字を読まないので、台詞を読まないと部屋から出られないように鍵までかける、という念の入れようです。
今では当たり前となったゲーム開始時のチュートリアルですが、その普及のきっかけの大きなものとしてドラゴンクエストがあったのは間違いありません。
それはこの玉座の間でのやり取りに、非常に高い教育・心理的誘導効果があったことの証左と言えるでしょう。
逆に、この玉座の間を再確認することで、現在のチュートリアルに欠けている部分が見えてくるかもしれません。
おわりに
心理学の原理は脳の機能から導かれた理論であることは稀で、基本的には経験則であり仮説の域を出ないものです。
実際ここで紹介した原理・効果に対する懐疑的意見も多くあります。
また、堀井雄二もいちいち心理学の法則から導いてシナリオを書いていたわけでもないと思います。
ですが、ゲームのシナリオを作成する際の「指針」としては、大いに役立ちます。特に集団でゲームを作成する際の説得理由としては効果の高いものです。
「心理学的に□□なので、△△というシナリオなのです」と言えば説得力抜群です。
まず心理学という権威への服従原理があり、理由づけによるカチッサー効果で、実は心理学にそれほどの根拠がないとしても、シナリオを受け入れやすくなります。
今「なるほど!」と納得しませんでしたか?
根拠薄弱じゃないのかと心配になった心理学の法則も、侮れませんよね。
今回紹介したもの以外にも、ゲームシナリオに応用できそうな心理学の法則はたくさんあります。
シナリオの本だけではなく、営業テクニックや脳科学、その他、心理学の本を読んでみると、いいヒントが見つかるかもしれません。
参考文献
- 進化しすぎた脳海馬/脳は疲れない他、池谷裕二の著書
- 人はなぜだまされるのか―進化心理学が解き明かす「心」の不思議石川幹人
- 影響力の武器[第二版]―なぜ、人は動かされるのかロバート・B・チャルディーニ
- 脳のなかの幽霊V.S. ラマチャンドラン,サンドラ ブレイクスリー
- ドラゴンクエストへの道滝沢ひろゆき
- 虹色ディップスイッチ―ファミコン業界クエスト堀井雄二
他
特に影響力の武器と虹色ディップスイッチはおすすめです。
そこで結論。
詐欺師の手口も、ゲームでやれば楽しさを産む技術になる!