ヒットマーク
漫符の中でも、特に戦闘時に使われるヒットマークを分類考察してみよう
ヒットマーク
漫符の一種であるヒットマークは、
特に質は細かく描き分けられ、ヒットマークの描き方によって衝撃の広がりや方向、鋭さ、重さを表現することができる。
中心からの長さで強さを示し、密度で重さを示す。衝撃点から広がる角度が針のようになると鋭く、皿のようになると広い衝撃、というのが一般的な表現パターンだ。
ヒットマークは漫画の他にアニメでも見られるが、より有効に働いているのはゲーム。そのなかでも特に格闘ゲームにおいてである。
攻撃の当たった場所、強さ、そして食らったか防御したか、そのような情報を瞬時に理解させる。
漫画に比べて色や動きも追加され、より高度化しているが、そこはまた別の話しなので本稿では語らない。
タタキダシ
比較的初期に発生したヒットマークがタタキダシだ。楕円に長方形を組み合わせたものやプロッコリー型の図形で、「ボカリ」といった擬音とともに使われる。
かなりうろ覚えだが、タタキダシという言葉を使っていたのは長谷川町子だ。言葉の発明者は、タタキダシを使う事が多く、長谷川町子の師匠である田河水泡であると考えるのが自然だろう。
歩く、あるいは走る時に足下後方に現れるケリダシを、打撃表現に転用したものだ。
ホシ(火花)が飛び散るのも、タタキダシと同じような効果がある。
ただしこれは、直接打撃を表したというよりも、「目から火花が出た」のそのまんま表現の側面が強く、あまり打撃点を示していない。
ホシは、過激な表現を良しとしない児童漫画で、強い衝撃があったことを表す際によく見られる表現で、例えば藤子不二雄「ドラえもん」などに見ることができる。
タタキダシもホシも、その衝撃部位は頭部に集中しており、まず身体の他の部分に描かれることはない。ただしケリダシが地面への衝撃の表現であるように、(特に人が)物にぶつかった時の表現としてはよく使われる。
リアルな攻撃表現
タタキダシやホシは、どちらも「滑稽漫画」的表現であり、リアルな格闘ものであるポクシング漫画のようなものには使いづらい表現でもあった。
劇画では、それらの滑稽な表現は排除すべき物の代表格であった。
そこで劇画はどうしたかというと、流線や動線を使った動きとダメージを受けた体を歪ませるリアルな描写で、打撃を表現していった。
また、集注線は衝撃のあった場所に視線を注目させるのに役立った。
またの忍者・剣豪漫画で斬る場合のダメージ表現は、キズから吹き出したチノリや腕や胴が切れた描写などをそのまま描くことで表現した。
その際に大げさに血が噴き出すのは、どちらかというと実写で発達した表現で、それが漫画にも応用されたようだ。
劇画の作家の中でも特にバンド・デシネに影響を受けた谷口ジローなどは、分かりやすい漫符はもちろん汗も過剰には描かず、抑制された表現で戦いを描いていった。
そのような作家でも、ボクシングのパンチが当たるシーンでは汗を飛び散らせる描写があり、それは極めて高い効果を上げていた。
これらの集注線やチノリ、飛び散る汗は、ヒットマークへと発達する。
打撃
現在は立体的な円錐形のフラッシュあるいは集注線という形で描かれることが多い。
また、ミルククラウンのような形で描かれる。円形ではなく三日月型で描かれることも多い。
破裂型のフキダシのような、星形のトゲが鋭角的になったものも代表的なヒットマークだ。
打撃のヒットマークはしばらく、ヒットした空間に残り続ける(左図)
つまりヒットの瞬間でなく直後のコマは、何もない空間にヒットマークが存在し、当たったキャラは吹っ飛ばされて少し移動した場所にいるし、打撃を加えた武器や拳は、ヒットマークから先の場所に存在する。
そうすることで異時同図の一種として、一つのコマの中に時間の流れを表現する事ができ、打撃のスピードと威力が強調される。
現実に見られる、音速を超えた時に発生するソニックブームが、この描写そのものと言ってもいい。ちなみに、木城ゆきと「銃夢」などは登場キャラが超人過ぎて、拳が音速を超えて発生したソニックブームなのか、ヒットマークなのか区別がつかない。
他にも人が水の中に飛び込む描写で、飛び込んだ時に上がった水しぶきと、潜った人物が同時に描かれるのは自然と思われるが、それを打撃へと転用した表現とも言える。
また打撃のあった部分ではなく、突き抜けて逆側にヒットマークが出現することもある(左図)
こうすることで、打撃が単純な衝撃ではなく、気や鋭さを持ったものだということを理解させる。
この「背中に発生するヒットマーク」は、飛び散る汗の発展系と思われる。
大友克洋「童夢」で壁が半球状に窪むのは、斬新な力の表現として一世を風靡し、いまや「ドラゴンボール」を代表とするバトル漫画では定型化し、もはや漫符の一種と言っても過言ではない。
言ってしまえばヒットマークを背景に描いただけのものだが、コペルニクス的転回がそこにはある。
ヘッドライトやテールランプの残像による流線、吹き飛ぶガラス窓による力表現、物体の真下に描かれた濃い影による立体感、きっちりと描かれたビルによる集注線などなど、大友克洋という漫画家は、漫符をそうとは思わせずに背景に書き込むことに長けた作家といえる。
斬撃
斬る場合のヒットマークは、ヒイラギの葉を半分にしようなマークがつく事も多い。
逆に、刃の軌跡にそって長く伸びたヒイラギの葉のような図形で描かれることもある(左図)
ただし、これらは剣や刀で切っているにもかかわらず、体が切れることのない「対戦格闘ゲーム」的な漫画のヒットマークだ。
少年漫画など、グロテスクなシーンが敬遠、あるいは描けないようなジャンルでの表現、と言い換えても良い。
また、鞭のような帯状の打撃に対するヒットマークとしても定番だ。
着弾マーク
銃弾による衝撃の場合も、着弾点にヒットマークが描かれる。
破壊された標的の飛沫、あるいは潰れた弾頭の欠片の記号表現である訳だが、実際の銃弾など見たことがなくても、イメージとしては瞬時に理解できる。
衝撃片
力の加わってた場所から飛ぶように、極小さな破片が描かれることがある。これは破片が飛ぶような物体、例えば木片のようなものなら、実際そのようなものが出るような気もする 。あるいはほ乳類なら汗が飛んでいると思える。
しかし漫画では、布や石など細かな破片が飛ぶようなものでなくても、なんか細かなものが飛ぶ。こうなると具体的な何かではなく、力が入ったことを示す漫符である。
これを「衝撃片」と呼ぶ。ヒットマークの一種だ。物理的な衝撃でなく、精神的なものでも飛ぶことがある。
漫符によるダメージ表現
打撃の瞬間を示すヒットマークと異なり、主に残ったダメージを表現するものを追ってみよう。
煙(ケムリ)
地面や壁などへの衝撃とダメージ表現は、ケムリによってなされる。
漫画での煙は、物質としての煙が立っているのではなく、衝撃の強さを表現するためのものだ。
アスファルトの地面やコンクリート壁は言うにおよばず、鉄板であろうと体であろうと煙が出る。
それはかならずしも燃えている訳ではなく、あくまでもダメージを表現するための記号である。
電撃
通常は電気でダメージを受けることはないが、漫画では電撃は日常茶飯事だ。
電撃を受けたものは、レントゲン写真のように体のシルエットの中に骨が描かれる。
イナズマフラッシュは、精神的衝撃を表す漫画表現だ。
骨描写
レントゲンのように、骨が折れた部分を描く。
これは漫画よりも、TVドラマ「必殺仕事人(正確には仕置人)」念仏の鉄の骨外しシーンが有名だろう。
精神的衝撃
ヒットマークはダメージに限らず「ひらめき」のような別種の衝撃の表現にも使われる。気付き線は、その代表的なものだ。
破れる服
漫画では、服が破れていく事で、ダメージの蓄積を表現する事がわりとある。
体に傷をつけるのに躊躇される、美形キャラがウリの漫画に多い手法。
戦闘・美形から、必然的に「美少女キャラがダメージを負う毎に服が破れて裸に近くなる」という流れになるのだが、こうなると服を破く理由として戦闘があるのか、戦闘の表現として服が破けるのか区別は難しいというか、一挙両得な手法と言える。
体にダメージがあると、しばらく治療が必要だったり、ダメージを引きずったりして展開がダラダラしがちだが、服が破れた場合は、簡単に取り替えてノーダメージの状態に戻れる。
ダメージ漫符
ダメージ漫符は、継続するダメージを表すものだ。
基本は肉体的ダメージを表すもの(フィジコン)だが、精神的ダメージ…つまり表情を表すもの(エモティコン)でもある。
タレ線、 キズ、 タンコプ、 バンソーコー、 チノリ、 ケムリ、 ツギ、 三角巾、 エンジェルリング、 エクトプラズム
この他にも色々とダメージ漫符はあり、様々に工夫されている。
例えば、特に矢から狙われていた訳でもなく、ぼろぼろになっていることを表現するために、体に折れた矢が刺さっていることがある。「何で矢に射たれてるんだよ」という読者のツッコミを期待した漫符だ。
まとめ
まだまだ、ダメージ表現には様々なものがあるが、とりあえず思いつくままと言った感じで並べてみた。
打撃の強さは漫画以外のメディアでも直接的に表現できないものだが、漫画は漫符を使うことで視覚的に表現できない筈のものの表現に成功した。
この他にも、漫画の中には単純な視覚では捉えきれない感覚を表現する様々な記号や工夫がある。そのあたりもおいおい書いていければと思っている。
そこで結論。
「漫画は痛いの形を発明している」